社会課題解決×マーケティング事例

サイゼリヤの食事用簡易マスク「しゃべれるくん」はなぜ浸透しなかったのか?

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2020年のゴールデンウィークは外出自粛
期間を経ていったんは収束したかに見えた日本のコロナ禍は、結局2021年のゴールデンウィークにも、昨年と同様に外出自粛を呼び掛けるという事態になってしまいました。

COVID-19という未知のウイルスに対し、その飛沫感染という特徴から、テレワークを進めよう。換気とマスクを忘れずに。密を避けよう。手指を消毒しよう。
などいろいろな試行錯誤がありつつ、いまはとりわけ飲食業界にとって大きな負担が圧し掛かっていると言えます。

この問題は昨年からずっと、感染がいったん小康状態になったときにも、ずっと燻ぶり続けていました。
GoToイートという政府主導の飲食店支援策が始まったときにも、飲食店はアルコール消毒液やアクリル板の設置などの感染対策を実施し、席を減らすなどの試行錯誤を行っていました。
ですが「飲み食いしてる最中にはマスクができない」という致命的な部分はいかんともしがたく、そして飲食店側もお客さんに過度に干渉するわけにもいかず、厳しい状況が続いています。

しかし、今からさかのぼること約10か月前、2020年の8月、イタリアンの有名チェーン店であるサイゼリヤが、画期的な解決策を提示していました。
それが、食事用マスク「しゃべれるくん」

マスクを少しだけ折り畳み、そこに紙ナプキンを挟んで口元に垂らすだけでウィルスへの感染リスクを抑えることができるというもの。
口元に来る部分にはかわいいイラストがあしらわれていますが、そこはあくまで装飾。本質はこの「しゃべれるくん」が、とてもとても簡単に「飲み食いしてる最中にはマスクができない」という課題を解決するうえ、
資源をそれほど使わず、使い捨てが前提の紙ナプキンを使用することにより処理も簡単であるという利点まで備えているというスキのなさです。
過去SNSの公式アカウントを作ってこなかったサイゼリヤが「しゃべれるくん」発表に合わせてYouTubeの公式チャンネルを立ち上げ、説明動画をアップしたことからも、
このアイディアにかなり手ごたえを感じていたことが伺えます。

この発表は多くのメディアで取り上げられ、わたしも当時テレビでこのニュースを知り、え、これ凄くない!? と一人で興奮してました。
何がすごいって、お客さんがほぼ100%装着しているマスクと、飲食店ならほぼどこでも置いてある紙ナプキンを組み合わせるだけという、きわめてシンプルな発想がすごい。
これならサイゼリヤ以外のお店でもすぐに横展開できます。そして確実に「しゃべれるくん」には最初からこの横展開の発想があったはずです。
飲食店の利益率は平均で9%程度と決して高くない上、コロナ禍による営業自粛、時短営業、アルコール類の提供自粛などで確実に客数も客単価も減っている中、あらたな設備投資をする余裕はありません。
でも紙ナプキンなら、すでにある。これで対策ができるのならば、もはやすべての飲食店にとっての光明と言っても過言ではない! そう感じました。

・・・・・・しかし実際には、そうはなりませんでした。
いや、もちろんまだこれから普及していく可能性もあります。事実サイゼリヤはその後も「しゃべれるくん」の検証動画や改良という形で、2の矢3の矢を打っています。
先に述べたようにこの施策、どんな飲食店でも非常に簡単に導入できるという非常に汎用性の高いものであり、手軽さは正義。
日本以外の国でも運用が可能な、まさにユニバーサル仕様と呼べる課題解決。
それなのになぜ広がっていかないのか・・・・・、ということについて少し考えてみたいと思います。

まずあらためて、この「しゃべれるくん」関連の施策の素晴らしかったところを振り返りますと・・・・・・、

・PRが素晴らしい
まずはこれ。実際にかなりのメディアで取り上げられていますし、取り上げられた文脈もほぼ意図した通りでしょう。
あえて「食事用マスク」の発表としながら紙ナプキン1枚を取りだすというギャップを演出し、さらに「しゃべれるくん」という脱力ネーミングで包むことでツッコミどころを演出し、
ナプキンへのイラストで、メディアが取り上げやすい絵力も加えている。
まさにPR案件の王道と言えます。さらに先述したYouTube動画の連動で、後日しっかり飛沫防止効果の検証動画をアップし、ファクトも提示しています。

・ビジョンが素晴らしい
これも先述したように、「しゃべれるくん」の最も重要な点は、どんな飲食店でもすぐ真似できる汎用性です。
これを、苦境の中にある飲食業界全体を救う一手としたい。サイゼリヤ側はそう考え、プレスリリースでは、この「しゃべれるくん」を「サイゼリヤ」以外の外食の場でも活用してほしい、と呼びかけていました。
自社だけでなく業界全体の課題を解決しようという、利他の精神を感じさせます。

では、こんなに素晴らしい施策なのに、なぜまだ根付いていないのか。
根付くということは、マーケティングで言うところの態度変容。お客さんの行動を変えることであり、多くのマーケティング施策が目指す最終ゴールと言えます。
認知はともかく行動まで変えるとなると簡単ではありません。つまり「しゃべれるくん」のことを知り、面白いじゃん、またはいいじゃんと思ってもらうこと成功したとしても、
それを実際に飲食店で実行してもらえるか、という点についてはまだ超えるべきハードルがあるということですね。

じゃあ、どうやって超えるの? とおうことですが、言うのは簡単だけど起こすのはまったく簡単ではないのが態度変容。
私自身、これ! というアイディアがあるわけでは正直ないのですが、社会課題解決の現場には「コレクティブ・インパクト」という考え方があります。
これは、複雑な社会課題に対し、行政や市民、NPOやNGOなどの団体や地元企業など、多様なステークホルダーが個別で施策を行うのではなく
共通の目的に向かい、効果を最大化するためのフレームワークのことです。

例えば特定の地域の治安を改善を目的とした場合、単純に取り締まりや罰則を強化したとしても、根本の原因が手つかずのままです。
原因として、たとえば地域の貧困問題があり、その原因として安定した仕事が見つからないこと、特に女性が自立できるような仕事が少なく、特にシングルマザー家庭で問題が顕著であること。
そのために子供たちの進学率がどんどん低下し、ギャングになってしまうというような問題がはびこり、地域の治安やイメージが低下することにより市民からも企業からも敬遠され、
さらに貧困が再生産されることで、治安が悪くなってしまっている、というように、様々な要素が複雑に絡み合っていることが想定されます。

こういう大きな問題に対し個別で対処療法をやっていてもしょうがないので、とにかく関係するステークホルダーを集め、共通のアジェンダのもとにそれぞれの役割を決め、活動が連携するように設計し、
共通の指標で活動の進捗を確認しあい、コミュニケーションを取りながらひとつの目標に向かっていくことが求められます。

この考え方に沿って、どんなステークホルダーがいて、どのような目的で、どんな協力をしうるのか、という視点で考えてみたいと思います。

・どのようなステークホルダーを想定するか
-飲食店のお客さん:今回は飲食店で客がどうふるまうべきか? という問題なので、まずはお客さん。当事者でありすべてのカギを握っています
-サイゼリヤ従業員:お客さんとの直接のコンタクトポイントになりますので、この件で果たす役割は大きいと思います。お客さんに「しゃべれるくん」を強制するのは双方にとってストレスフルなので、あくまで推奨、およびお客さんが自然とやりたくなるような形を考えたいですね
-サイゼリヤ以外の飲食店:先に述べたように大抵の飲食店ではすでに紙ナプキンが設置されています。「しゃべれるくん」の考え方を積極的に推奨するか? という視点で考えてみます
-感染症の専門家:未知の感染症ですので専門家の意見は非常に重要です。たとえば大学の研究室などで「しゃべれるくん」の効果を考察してもらうなどすれば、強力なファクトになりえます
-メディア:世論を動かすときには非常に重要なキープレイヤーと言えます。広告ならともかくPRに関しては特定の企業に利する動きはできないので、話題を取り上げる際の大義名分が必要です
-行政:感染症対策についての基本方針を打ち出すという意味では大きな役割を持っています。政策以外にも大臣や知事からのコメントなどは、世論に大きな影響を与えます
-業界団体:筆者は飲食業界に詳しくないのですが、日本フードサービス協会など大小さまざまな業界団体があるようです。特定の企業・チェーンではなく業界団体としてオピニオンを出すことで。行政やメディアへの働きかけを強化できそうです
-市民団体・NPO:もし連帯できる団体があるなら、活動に社会性を付与できそうです。こどもの教育などを行っている団体と「しゃべれるくん」の使い方講習をするなどという連携はあるのかもしれません

大きくはこんなところでしょうか?
「お客さん」に関しては不特定多数であり、このケースでは最初から巻き込むのは少し難しいかもしれませんが、例えばサイゼリヤがコミュニティを持っていたりするのであれば、客側の代表として「しゃべれるくん」普及に関しての意見を聞いておくなどできるといいかもしれません。

・どのようなアジェンダを設定するか
今回のゴールは「飲食店が度重なる自粛から解放される」ことにあります。
そのための非常に手軽で有効な手段としての「しゃべれるくん」があります。まずはこの効果を検証しつつ、ファクトに基づいて関係各所協力し、世論を形成していくというのはどうでしょうか。

・どのように進めるか
ここは最も難しく、目論見通り成功するかはわかりませんが、限られたリソースの中、いかに各ステークホルダーが協力し合えるか、という観点で考えていきます。

お客さん側にとっても、「飲食店で気兼ねなく会食できるようになる」ことにはメリットがあると思います。
ただ、誰もやっていないのに自分だけ「しゃべれるくん」をつけるのはちょっとしんどいですよね。この心理障壁をステークホルダー一同でしっかり理解する必要があります。
アジェンダセッティングの際に、お客さんの立場で気持ちを話してくれる人に来ていただいたり、事前のリサーチ結果などがあるとよさそうです。
そして関係者が迷いなく「しゃべれるくん」を推せるようになるために、「しゃべれるくん」の飛沫防止効果に関するファクトがあると理想的だと思います。
これはサイゼリヤもしくは業界団体が大学などの研究機関と協力し、効果測定をするのが良いと思います。

サイゼリヤもすでに動画で飛沫防止効果を検証していますが、専門機関が検証していくことで透明性が高まり、信ぴょう性が増すと思われます。
(自社での検証が悪いというわけではなく、極めてまっとうなやり方です。ただ今回は難易度を考えず理想を述べている、とご理解ください)
業界団体経由にする方が客観性が高まるので、メディアは取り上げやすいでしょう。もちろんリサーチは公平に、結果ありきではなくできるだけ詳細に客観的に実施しないといけません。
コロナ関連での企業と大学の共同研究に関しては、日用品の新型コロナウイルス不活効果を花王と北里大学が検証した例などがあります。
このように大学側の自主研究に協力する、もしくは第三者としての検証を依頼する、ということができれば良いと思います。

もしここで良い検証結果が得られたならば、この件を推進することに大義が生まれます。推奨することが世の中のためになるのであれば、次はいかにお客さん一人一人が行動しやすい状態を作れるか、です。
メディアへのPRはもちろんですが、取り上げられても多くは一瞬だけ盛り上がっても、すぐ忘れられてしまいがちです。
そうならないために、みんなでコトの是非を議論しあえるような「争点化」が重要ではないかと思います。


場としてはSNS、何らかのハッシュタグを設定し、オピニオンとしていろいろな人たちが議論しあえるような場になることが理想です。特に飲食店の多くはTwitterやInstagramを活用していますので
飲食店に関わっている人たちが活発に議論できるハッシュタグがいいですね。ここでは「しゃべれるくん」だけの提案ではなく、あくまでも選択肢のひとつとなるように考えたいです。。
「#安心して会食したい」「#飲食店で連帯しよう」など、お客さん側も飲食店側も意見を出し合えるようなものがよさそうです。

サイゼリヤ店頭は「しゃべれるくん」を自信をもって推しましょう。先日お店に行ったのですが特にお店側では推奨している様子がなかったので、まだ迷われている部分があるのかもしれません。
もちろん強制などはトラブルの元ですので避けるとしても「しゃべれるくん」を付けてみて、アンケートに答えてくれたら謝礼をお渡しするようなキャンペーン等はアリな気がします。
従業員が「しゃべれるくん」を付けているとか、店頭をお試しの場にできるとSNSでも意見が活性化します。「しゃべれるくん」を付けた写真をSNSで投稿してもらうキャンペーンなども有効かもしれません。

可能なら行政の賛同も得られれば・・・・・・というところです。自治体にとっても自粛要請などは補助金の問題もありできれば避けたい選択肢でしょう。
過去には「うちわ会食」を推奨する発信をした自治体もあります。
(この時は残念ながらエビデンスに乏しく批判がありましたので、やはり有効性検証は重要ですね)
反対に回られないことが重要なので、きっちりエビデンスを示しつつ、業界団体などから適切な情報発信を行います。

さて、そんな妄想をつらつらと考えてみたところですが、コレクティブ・インパクトは複数のステークホルダーが共通のアジェンダのもと集結し力を合わせるという活動であり、時には利害の対立を超えて
協働することが重要だと言われています。

社会課題の多くは複雑で大きな、簡単には解決しないもの。これからはいかに多くのステークホルダーに参画してもらうフレームを作れるか、ということが問われてきそうですね。
今回は「しゃべれるくん」をテーマにいろいろ考えてみましたが、とても楽しかったです。

実は筆者の地元にはサイゼリヤの1号店がありまして、よく前を通るので個人的な思い入れがあります。
1号店は狭すぎて効率が悪い為かいまは営業しておらず、社員教育のために残しているようです。きっと、この小さい店から始まったというルーツ、志の伝達を大事にしているのでしょう。
どこもコロナ禍で大変だと思いますが、飲食店は地域の文化を支える大事な存在だと思います。


また気兼ねなく会食ができる日々が早く戻ってくることを祈っています。

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